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これが外観。
豪華さはないが、どこか懐かしい佇まい。
下田港のほど近く、下田商工会議所の正面に、もと“阿波屋旅館”はある。もと、と言うように残念ながら旅館としては既に廃業。今は“阿波屋いっぷく堂”と命名され、観光に訪れた人々の無料休憩所という新しい機能を与えられている空間だ。また“逸品屋”という、近くの商店の方々による手作りのお土産物屋さんも併設されている。
広間。一段高い畳がステージ。気取りのない出し物が毎週見られる。
さりげない細工の欄間。
かえって粋だ。
しゃれた2階の廊下。
曲がる角度が面白い。
組子窓。
干し網の図柄が、下田が海のまちであることを主張する。
そのような性格をもった空間であるため、一階部分はくつろぎの場所として洋室に改築され、往時の面影を残すのは2階部分に集中する。地域にずっとあった、古い木造建築にこそ魅力と存在意義があるはずだ、と取り壊さずに管理運営をしようと英断を下したのが、下田商工会議所とその会員の皆さん。どっさりと資料を抱え、われわれの取材に答えていただいたのは、商工会議所の土屋秀行さん。
「実際の所有者じゃないものですから、細かい事、詳細はわからないことも多くて・・・。」と恐縮しきりの土屋さんだが、下田のまちを愛する想いがストレートに伝わってくる。お話によれば、この阿波屋の歴史はかなり古く、創業は約400年前に遡るという超老舗の旅館だということだ。ただし、初代の建物は大火に遭い焼失。現在の建物は、昭和初期に建てられている。昭和から平成初期までは宿としての役割を全うし、今、多目的空間としてその機能を果たすことができるのは、これが木造建築だったからだろう。木の空間は、改築する、住み継ぐ、といったオーダーに従順だ。
早速、2階部分をご案内いただく。階段を上がり、目に飛び込んできたのは懐かしさと、ほのぼのとした気分にさせられる、くつろぎの空間だった。決して贅沢な造りではない。しかし、宿としておさえるべき所はしっかりおさえ、嫌みのない素敵さだ。小石を埋め込んだ廊下。さりげない意匠の欄間。そのどれもが、豪華な旅館とは違う次元の、おもてなしの心を宿している。そして広間は、毎週「お吉おどり」の上演が行われるなど、エンタテイメント空間として再生している。
開国のまちとしての歴史と、オープンな人柄が下田の特徴だ。“旧町内”とよばれる、まち中を歩いて巡ると古風な木造建築にもたくさん出会うことができるし、商店街の皆さんも明るく、親切な人が多い。“阿波屋旅館”が“阿波屋いっぷく堂”として再生し、新しいスタイルで観光客をもてなし始められたのには、二つの要素があったからだろうと確信した。ひとつは、あった場所が下田だったこと。もうひとつは、その空間が木造建築によるものだったことだ。
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